【コラム】65歳からの挑戦─第二の人生を切り開く起業物語 第2回
広瀬光哉(カクタル代表取締役社長・営業強化コンサルタント)
2025年9月24日

「65歳からの挑戦─第二の人生を切り開く起業物語」と題して始めたこのコラム。前回は、会社員としての充実した日々が、私の中に起業への芽を育てていったことをお話ししました。

今回はその続きとして、「起業までの道のり」を振り返ってみたいと思います。60歳を過ぎてから胸に芽生えた小さな想いが、どのようにして「起業」という形になっていったのか、その過程を綴っていきます。

「起業して何をやりたいのか?」自問自答の日々

60歳を過ぎたあたりからでしょうか。

ふと「このまま、定年のゴールテープを切るだけでいいのだろうか?」という気持ちが芽生えてきました。二つの大きな目標は達成し、後輩たちも立派に育ってくれたので、後は悠々自適に余生を楽しむはずだったのですが、どうも性に合わないようです。頭の片隅に浮かんできたのは「起業」の二文字でした。とはいえ、60歳の時の思いは「なにかボランティア活動でもやろうか」くらいの軽い気持ちでした。実際に真剣に「起業」を考え始めたのは、63歳になってからでした。

「さて、自分は起業して何をやりたいのか?」まるで禅問答のように自問自答を繰り返しました。

長年やってきたのは、日本の中堅・中小企業を相手にしたIT導入支援。

今でいうDXのはしりのような仕事です。ところが、まだDXに腰を上げていない企業が山ほどある。それならば、仲間を募って、自分の知識と経験を世の中に役立ててみるのも悪くないと思うと、胸の奥にじんわりと熱が戻ってくるのを感じました。

仲間を募り、「秘密結社」のような熱気を楽しむ

もちろん、現職の仲間を引っ張るわけにはいきません。
そこで定年を迎えた数人に「一緒にやらない?」と声をかけてみました。

結果、4人の心強い仲間が集まってくれました。

そこからは夜な夜な「秘密結社」のような集まりが始まりました。

仕事を終えて集まり、黒板にチョークで、まるで少年時代の落書きのようにアイデアを書き連ねるのです。

「事業内容はどうする?」
「顧客として相手にするのは誰?」
「ソフトを作るならいくら必要?」
「黒字に変わるのはいつ?」
「事務所はどこにする?」
「資本金はどうする?」

気が付けば黒板はすぐに文字でいっぱいになり、アイデアは湯気の立つ鍋料理のように、次から次へと沸き上がりました。冷静に見れば「“絵に描いた餅」だったかもしれません。けれど、その餅の絵を描いている時間は、なんとも言えない幸せな時間で、起業までの2年間はまるで学園祭の準備期間のように充実していました。

無謀でもいい、最後までやり抜こうと決意

知り合いの会計事務所に相談したときのことも思い出します。

「その歳で、利益の見込みが見えないのでは…」と、眉間にシワを寄せられました。まるで、いい年をしてバンドを組もうとしているおじさんたちを見るような目でした。

でも私は意外とめげず、「無謀でもいい、最後まで演奏してやろうじゃないか」と心を決めたのです。

会社創立のタイミングは、自分の取締役退任の承認が出る、株主総会の翌月の4月にしました。間を空けると気持ちが冷めてしまいそうで、「鉄は熱いうちに打て」の精神でした。

資本金も、共同経営だと揉めごとのタネになりかねないので、自分一人で工面。背中に冷や汗をかきながらも、「まあ何とかなるだろう」と腹をくくりました。

走りながら考えればいいという気持ちで、6期目に突入

事業計画は「中堅・中小製造業へのコンサルティング」。

本には「しっかりとしたビジネスモデルや中長期計画なしに成功はあり得ない」と書いてあります。でも私の場合は「走りながら考えればいい」という気持ちで。言うなれば地図を広げる前にまず列車に飛び乗ったようなものでした。

完璧な計画なんてなくても、とにかくスタートしてよかった。
これが、振り返っての正直な気持ちです。

次回、第三回のコラムでは、いよいよ「起業後の現実」について、当然赤字の1期スタートから5期までの「リアルな日々」をお話ししたいと思います。

休暇に宮古島に行ってきました。素晴らしい場所でした!